Pipette Vol.10
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●グッジョブ・技師のお仕事ゲスト 尾木直樹3いうことですね。当時は文部省と厚生省との意見の対立があって、教育の領域で「臨床」という言葉を使うことに対して、厚生省側が「うん」と言わなかったんです。合意が取れたのは、90年代後半。それから東京大学が「臨床教育」という言葉を使い始めて、「学校臨床総合教育研究センター」を立ち上げました。以降、認知度が広がって、学会も開かれるようになったんです。たとえばイギリスなどは、教員養成の課程で、現場が非常に重視されています。教育実習の期間も4年制大学では32週間もある。でも、日本は完全なアカデミズムで、いざ教壇に立ったらあまり役に立たないことを教えたりしている。これでは実践で本当に必要な力は身につかないだろうと。ぼくは学生に、「ぼくの講義は、君たちが教育実習に行ったり、教壇に立ったりしたときに、そのまま使える授業スタイルだから、全部参考にしてください」と言っています。講義の口調から、レジュメの作り方、板書の仕方などを含めて、すべて現場に出たときでも使えるようにしているから、そういう目で講義を受けてくれと。子どもたちの心に寄り添う―学生に、いかに現場に即した学びを伝えるか、その教育方法は臨床教育学にしかないということですね。たとえば、夏休み明けの9月1日は子どもの自殺がもっとも多いというニュースが、今年世間を騒がせましたね。これは大人が絶対に食い止めなくてはならない問題です。いじめをなくすことはなかなかできませんが、自殺をなくすことはできるんです。子どもたちは100パーセント、サインを発信していますから。大人がそれを見逃している。12歳や13歳でなんの前兆もなく亡くなる子なんているわけがないんです。不登校も同じです。全体に占める割合は零コンマ何パーセントでしかなくても、取り組まなければ駄目なんです。現象としてたとえ一人であっても、そこにはすべての子どもにつながる普遍的な問題があるはず。そういう意味でも「臨床」というのはきわめて重要です。一人ひとりを尊重できなければ、そもそも教育は成り立たないのです。―それぞれが抱える問題にていねいに向き合うことで、全体にもプラスに働く。そうです。それが元気な子をもっと元気にするんです。先生が一人の子に寄り添って修得した子どもの捉え方とか、声のかけ方とか、すべてが大事なのね。―そういう姿を生徒が見ていると、自分も守られた気になるんですね。そう、他の子が見ているんです。問題を抱えた子への対応、あるいは非行で荒れている子に対して、先生はどう声をかけるのかということを。ここで見過ごすのか、叱るにしてもどういう叱り方をするのか、生徒はそれを見ているんです。ぼくが中学の教員だったころ、文化祭で「全校で一番やさしい先生は誰か」と聞くと、「尾木直樹」の名前が出てくるんですけど、「一番怖い先生は」と聞いても「尾木直樹」(笑)。厳しさとやさしさは本質的には同じなんだと思いますね。18歳のときに何を考え、選ぶか―18歳という感受性の高い時期に進路を決め、臨床検査技師という職を選んで私たちの学校に学生たちは入ってきます。人格形成という点ではどうでしょうか。結論から言いますと、18歳は将来のことも自分で判断できる年齢です。「18歳選挙権」『臨床教育学入門』河合隼雄岩波書店(1995年) 日本で初めて出版された「臨床教育学」の書籍。真の教育とは一人ひとりの子どもの心のドラマの内面に深く触れることから始まる。臨床心理学に造詣の深い著者が、子どもたちが個性を生かして成長できる新しい教育のあり方を大胆に提起した。

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