Pipette Vol.10
6/12

6んなことやっている国家は世界中を探してもないです。オランダは、医学部でもほとんどが抽選入学ですから。それでも通用する学力を高校までの課程できちんと保証しています。ですから、卒業証書も自信を持って出す。日本では考えられませんよね。日本の教育制度において根本的な問題点の1つは履修主義です。これは学年主義、または年齢主義とも言われますが、その科目を修得しているか否かに関わらず、授業を受ければ単位がもらえ、進級することができます。ところが、多くの国はほとんどが修得主義です。修得したら小学校を出ていいですよ、修得できてないようだったらもう1回やってもらいますよ、つまり留年ということです。一見厳しいようですが、国家が子どもたちの学力に対して責任を負っているんです。だからオランダの場合、医学部でも抽選入学ができるんです。わが国はまったく責任を負っていません。小学校に6年間いたら誰でも卒業できます。中学校は3年間いたら、学力もつけないで、別れを惜しんで卒業できるんです。また、高校入試をやっているのは、世界で日本と中国くらいです。教育学で言うと、教育の段階は初等教育、中等教育、高等教育、この3段階に分けられますが、この中等教育を、間違って認識している人が多いですね。中等教育というのは中学校、高校は高等教育だって言うんです。でも、高等教育は大学なんです。中等教育が中学と高校の6年間のワンセットだということは、世界の常識です。日本もそれ自体はわかっていたんですが、敗戦でお金がなく設備も不足していたから、高校進学時に選抜をやらせてくれということで、当時は仮のものとして実施したんです。そうしたら、文部省もその上に胡座をかいてしまって、このまま行こうと、昭和34年に法律を改正して選抜を制度化してしまいました。理論的に言えば、中高6年間の思春期の激変の時期をワンセットでやらなかったら、ほとんどうまくいかないんです。日本は、小中は義務課程を市区町村立でやっていますが、本当は中高一貫こそ必要なんです。―「15の春」があってはいけない。あってはいけないと思います。あんなところで段差を設け、しかもすべて偏差値によって輪切りされるなんて発達段階的に誤っています。40の高校がある県だったら偏差値順に40段階に分かれるわけでしょ。本来ならば高校ごとに特色を出して、一人ひとりに合った進学先を選ぶべきなのに、本当に愚かなことをやっています。さらに、県内で1つか2つのトップ校の生徒ばかりちょっとプライドが高くなって、あとはみんな劣等感を覚えてしまう。こんなにもったいないことはないです。それから、多くの国は進学段階においてバイパスを用意しています。たとえばオランダは、中学に上がるときにいくつかの進路先からコースを選ばなければいけない。ただ、専門学校コースを選んだとしても、「いや、おれはやっぱり大学に行きたいな」と思ったら、途中からコースを変われます。反対に、ずっと「大学進学」と思っていたけれど、父親の職業の良さがわかってきて、どうしても技師になりたいというのであれば、変更することもできます。個々の子どもたちが、どのように成長し、自己実現して、それをどういった形で社会に還元してくれるか、自己実現と社会的に有為な人物になることがうまくミックスしているんです。日本はそうじゃないですね。競争させて差別感情と劣等感を持たせて、一部のエリートが立派なことをしているかと言えばそうとも言い難い。―潜在的に能力を持っている多くの人たちを、国の制度がもったいなくも捨てているということですね。ええ、捨ててしまっているんです。若者の若者の持っている能力はすばらしいですよ一人ひとりが本当に可能性の塊なんです

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です