Pipette Vol.16 Summer 2017
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●グッジョブ・技師のお仕事ゲスト 大村 智7も私にとっては奇縁です。土の中にはいろいろな微生物がいるわけですが、人間が実際に分離したり、その性質を調べたりできているのは、ほんの1パーセントか2パーセントにもならない。最近はDNA解析技術が発達して、微生物は分離しなくても、土の中の微生物に探りを入れることができるようになってきていますから、この領域はまだまだおもしろい発見に結びついていくと思いますね。―この放線菌は当時、臨床検査技師の高橋洋子さん(後に教授)によって詳細に調べられました。検査技師の大先輩が貢献したというのも私達には誇らしいことのひとつです。ノーベル賞級の発見―文字通り「ノーベル賞級の発見」でした。「メクチザン」は、ヒト用に無償供与されるものの薬剤名です。どこかで売られて金儲けされてはいけないのでヒト用の医薬品「ストロメクトール」とは区別しているのですね。イベルメクチンは犬のフィラリア予防薬として想起しがちですが、世界中の家畜にこれが使われ、畜産産業に大きく貢献しています。―日本国内でのヒトへの薬効という点では、ヒゼンダニが寄生して皮膚感染症を引き起こす疥かい癬せんの特効薬として2006年に保険収載されました。1回飲むと半分以上治って、それでも治らない人でも2回目になると95パーセントは治るようです。塗り薬で治すというのは大変だし、疥癬は全身に広がるわけですから、飲めばいいというのは画期的なのですね。ノーベル賞受賞者の山中伸弥先生の奥様は皮膚科の医師で、私が皮膚学会で講演をしたときお目にかかった折に「ほんとうにすごい薬です」と言われていました。「人のためになることを考えてやりなさい」という祖母の言葉を信条にしてきたことが、こうした結果に結びついたのかもしれませんね。インタビューを終えて大村先生の信念である「至誠通天」「至誠惻怛」「頼らず、まねせず、こだわらず」「実践躬行」「一期一会」はまさに先生が常に心がけてきたことです。「失敗を恐れて、挑戦せずにチャンスを逃がすことを恐れなさい」とも言われます。「エバーメクチン」を発見した頃、北里研究所では財政悪化を理由に大村研究室の閉鎖案が浮上し、これを機に、先生は「経営」「財務」という専門外の分野を集中的に学習され、北里研究所の監事、理事、副所長、北里学園理事、北里研究所理事長として、大きな経営改革に取り組まれます。「絵のある病院」作りのお話と併せて、次号でご紹介します。お楽しみに。プロフィール●1935年山梨県生まれ。日本学士院会員、北里大学特別栄誉教授、学校法人女子美術大学名誉理事長。文化功労者、文化勲章受章。2015年ノーベル生理学・医学賞受賞。微生物の生産する有用な天然有機化合物の探索研究を45年以上行い、これまでに類のない480種を超える新規化合物を発見し、それらにより感染症などの予防、撲滅、創薬、生命現象の解明に貢献。また、化合物の発見や創薬、構造解析について新しい方法を提唱・実現し、基礎から応用までの幅広く新しい研究領域を世界に先駆けて開拓している。自身のコレクションをもとに韮崎大村美術館を設立し、館長も務める。大村 智Omura Satoshi薬剤「イベルメクチン」は、家畜への1回の投与で寄生虫がほとんどいなくなる薬効を示した。また、オンコセルカ・ボルブラスの幼虫をブユが媒介して人の皮膚や眼の中に侵入し、アフリカ赤道直下の河川地域では失明につながるオンコセルカ症として恐れられていたが、ヒト用製剤「メクチザン」によって世界保健機関(WHO)の報告で1997年の1年間で3300万人の人が失明から救われたとされる。WHOの無償投与作戦で、2025年にはオンコセルカ症は撲滅されるとも予測されている。敬愛するティシュラ—教授の形見のネクタイを着用

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