Pipette Vol.18 Winter 2018
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8今のルールができたのが約4百年前なんですが、もともとは茶道や華道と同じく、家元制度でした。そういう意味では非常に伝統的な文化だと思います。将棋の発祥はインドで、アジアの各国に一つ、その国の将棋があって、タイにも中国にも朝鮮半島にもモンゴルにもあります。ただ、面白いものが残ってつまらないものはすたれていくという歴史の淘汰があって、日本の将棋はその淘汰をくぐり抜けて今日があるので、残った理由とか深みというものが間違いなくあると思います。―取った駒をもう一度使えるというのが、他国の将棋との大きな違いでしょうか。ええ、日本に入ってきてからルールが変わったので、いわゆる「ガラパゴス的進化」の一つで、世界の中では異質というかユニークで、日本独自の進化を遂げているといえます。―羽生さんの棋風は、「大山の力強い受け、中原の自然流の攻め、加藤(一)の重厚な攻め、谷川の光速の寄せ、米長の泥沼流の指し回し、佐藤(康)の緻密流の深い読み、丸山の激辛流の指し回し、森内の鉄板流の受け、といった歴代名人の長所を状況に応じて指し手に反映させる、歴代名人の長所をすべて兼ね備えている」と称されますね。ご自身も「オールラウンドプレーヤーでありたい」「自分の得意な形に逃げない」と。このあたりの心境について教えてください。和服を着て畳の部屋で対局するという点では伝統的な世界なんですが、技術的な面では完全にテクノロジーの世界なので、どんどんアップデートされて新しいものを取り入れていくことになります。私ももちろん過去の名人とか偉大な棋士の棋譜をテキストとして学んだりしましたが、今一番新しいものをどんどん取り入れて、進歩していくことを考えています。―得てして、自分の得意技を磨いて強みとしていこうとすることが多いように思うのですが。ファッションと同様に、将棋の世界でも流行があるのですね。流行をただ真似するだけでは駄目で、自分なりのオリジナルな工夫を加えて対応していくということなので、「自分のスタイルがあるというよりは、現在の流行に自分のスタイルを合わせていく」という表現が近いです。―連勝記録(※)で注目される藤井聡太四段とは、非公式戦でこれまで2回対戦されましたね。彼は、どのようなタイプと感じられていますか?彼はシャープなタイプですね。詰将棋では小学生のころから有名で、大人に混じって問題を解いていましたから、持って生まれた能力の高さがあると思います。―羽生さんのようなオールラウンドの不動の棋士を目指しそうですか?まだ、半年ですからねえ(笑)。中学3年生でそれができたら恐ろしいですよ(笑)。プロ棋士になるには、奨励会というステップを抜けなければならないのですけど、時期によってレベルが違い、今は難易度が一番高いのです。その中で彼がプロ棋士の最年少記録を作ったという価値は、本当に大きいと思います。実は、私は楽な制度のときにプロになっているんです(笑)。今は棋士になるのはすごく難しいです。インタビューを終えて博識と深い造詣を背景に、未来社会への思索の一端をうかがうことができました。論理的で、明るくにこやかな話しぶりに引き込まれました。    (取材 平成29年5月1日)※取材前日までの藤井四段は14連勝。その後、  29連勝まで記録を伸ばした。     *次回は、テレビ番組「笑点」でもおなじみ、独自の笑いの世界を提供する林家たい平師匠をゲストにお迎えします。どうぞお楽しみに。で受賞。1989年初タイトルとなる竜王獲得。1996年史上初の7冠独占。2017年第30期竜王戦に勝利し史上初の永世7冠(名人―第19 世名人―・竜王・王位・王座・棋王・棋聖・王将)称号資格を保持。さらに名誉NHK杯選手権者の称号を保持。通算タイトル獲得をはじめ数々の歴代1位記録を持つ。趣味のチェスは国際チェス連盟のFIDEマスター(FIDE Master, FM)位を有する日本国内屈指の強豪。『羽生の頭脳』シリーズ〈全10巻〉(日本将棋連盟)をはじめ将棋関連著書多数。人工知能に関する発言でも注目されている。羽生善治Habu Yoshiharuプロフィール●1970年埼玉県生まれ。中学3年生で四段となりプロ棋士に。1986年将棋大賞新人賞・勝率1位賞。1988年将棋大賞最優秀棋士賞を史上最年少(18歳)

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