Pipette Vol.5 Autumn 2014
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●グッジョブ・技師のお仕事ゲスト 近江弘一 長原信行 犬飼とも5絶望的な状況の中で、DMATは突然現れた救世主でした。―それで患者さんは救われ、また、医療スタッフを含めれば500名近い方が最終的に避難できたわけですが、病院は閉院となり、貢献をした医療スタッフの方々が職場を離れなければいけなくなったのですね。長原 震災後は当院にかかっていた患者さんで薬がなくなっている人や、他の病院に紹介する作業のため、日和山のほうで旧庁舎を使い診療所を10ヵ月ぐらい開いていましたが、そこを閉鎖した時点で、検査技師は2名が退職し、4名は石巻日赤に出向し、今は私一人が勤務しています。この仮診療所は、総合運動公園の仮説住宅に隣接して設置されました。あまり知られていないかもしれませんが、現在も1882戸に対し88%の入居率で4000名ぐらいの方が開成・南境の仮設住宅に住んでいます。東北地区の検査技師会は、「石巻ゆいっこプロジェクト」を共催していますが、そこで行うDVT(深部静脈血栓)検診で、特に仮設住宅居住者の陽性率が高く、生活不活発病が心配な状況です。ワタノハスマイルの体験からこのままでは日本中が潰れてしまう―被災現場には、大人ばかりではなく、自力では生きていけないという弱い立場にある子供という存在があります。犬飼 ぼくは山形県の人間で被災はしてないですけど、すごくショックを受けたんです。毎日、暗いニュースが流され、原発建屋が爆発してニュースでもネット上でも、暗いことばかり話されているわけです。落ち込んで潰れてしまいそうになりました。おそらくみんなそうだったんですよね。このままでは日本中が潰れてしまう。何かしら希望を作らなきゃいけないと思いました。ぼくは震災前から廃材でオブジェを作ることをしていて自分でも作るし、子供たちともワークショップで一緒に作っていました。津波の映像を見て、その津波の瓦礫からオブジェを実際に被害に遭った子供たちが作る、これは希望に変わるんじゃないか、やらなければいけないと思ったんです。これまでのことはそのための練習だったような気がしました。「これから本番が始まる」と。オブジェを作って、各地を展示して回って各地の人を元気づけ、ギャラリーには募金箱を置いて、集まったお金は町に戻すという構想が、震災後1週間ぐらいで固まりました。ただ、そんなことができるかどうか、まったくわからなかったんです。たまたま石巻の渡波小学校で炊き出しをしていた山形の団体の知り合いに、混ぜてくれとお願いしました。渡波小学校は選んだわけではなくて、偶然辿り着いたんです。4月2日に現地入りしましたが、はじめて被災地と呼ばれるところを見て、ものすごくショックでした。あまりのつらさに耐えられなくて帰りたくなったんです。その時、避難所となった渡波小学校の校庭で遊んでいる子供たちを見ました。瓦礫の山の中で遊び道具とかを引っ張り出して遊んでいたんです。この子たちは日本を救う犬飼 その姿を見て、救われました。すごくたくましい子たちだなあ、と。「この子プロフィール●造形作家。ワタノハスマイル代表。1979年、山形県寒河江市生まれ。海辺に漂着したゴミを使ったオブジェの制作を始め、子どもたちとワークショップも開催。震災直後より、石巻市渡波地区の子供たちと交流し、瓦礫(ガレキ)を使ったオブジェを制作する「ワタノハスマイル」プロジェクトを設立。ただ、子供たちからのダメ出しには落ち込むこともある。犬飼ともInukai Tomo

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