事例から考える臨床検査技師の法的責任

法律上問われる責任は3つ

医師、看護師、臨床検査技師に限らず、医療従事者は

  1. 民事責任
  2. 刑事責任
  3. 行政責任

という3つの法的責任を負っています。

民事責任、刑事責任は資格の有無にかかわらず発生しますので、医療従事者の地位による責任としては行政責任が挙げられます。ただ、行政責任も医療従事者固有のものではありません。自動車運転免許の交付を受けた方々が「免停になった」「免許を取り消された」などの話を聞いたこともあるかと思います。これも自動車運転者という地位に基づく行政責任(行政処分)の一つです。

新聞報道、テレビのコメンテーターの発言等で「社会的責任」という言葉が用いられることも少なくありません。しかし、これは「道義的責任」の一つであり、法的責任とは異なるものです。ここでは、各人の世界観、倫理観、道徳観に従った対応が求められることになります。

それぞれの法律上の責任について、事例を参考にしながら、確認していきましょう。

医療従事者の地位に基づく行政責任についての事例

平成11年、某都立病院にて、看護師が消毒剤を誤注射し患者が死亡するという事例が発生しました。この事例は、医師法21条に基づく届出を欠いたため、社会的に「病院の隠蔽体質」が問題とされた事例です。この事例では、誤って消毒剤入りの注射器を準備した看護師に業務停止2カ月、これに気づかずに患者に投与した看護師に業務停止1カ月の行政処分が科されています。これらの行政処分は司法処分(刑事処分)における量刑を参考にして決定されたものです。

これに対して、平成16年3月18日の新聞記事では、刑事処分前に行政処分が科されたことについて報道されました。これは、某大学病院での前立腺癌の患者(60歳男性)に対し、腹腔鏡下前立腺摘出術を施行した際に、出血が持続し、出血性ショック・心停止をきたし、約1ヶ月後に死亡となったという事案についてのものです。

医師の行政責任についての考え方に関しては

行政処分の程度は、基本的には司法処分の量刑などを参考に決定するが、明らかな過失による医療過誤や繰り返し行われた過失など、医師、歯科医師として通常求められる注意義務が欠けているという事案については、重めの処分とする。なお、病院の管理体制、医療体制、他の医療従事者における注意義務の程度や生涯学習に努めていたかなどの事項も考慮して、処分の程度を判断する。

という指針が示されています。「基本的には司法処分の量刑などを参考に決定する」と謳われているにもかかわらず、刑事処分が科される前に行政処分を科していますので、極めて異例のできごとであったと評価されます。その後も、同様の事例は存在していないようです。平成11年から平成16年にかけて、民事裁判の提訴件数、刑事立件件数、起訴件数も増加傾向がありましたので、平成16年ごろが医療従事者に一番厳しい時代だったのかもしれません。

同じ新聞記事で、某大学病院における「抗がん剤の過剰投与」事例について3年6カ月の行政処分が科されたことが紹介されています。当時、法律上、業務停止期間の定めはなく、概ね「5年内」の範囲で業務停止を科すという運用が定着していました。その後、平成18年6月21日、医師法が改正され、業務停止の期間は「3年内」と法定されました。その結果、3年を超える業務停止が相当と判断される場合には「免許取消し」になります。保健師助産師看護師法でも同様の改正となっています。

臨床検査技師等に関する法律の改正は見送られましたので、法律上は業務停止期間の定めはありません。しかしながら、医師法等の改正が、臨床検査技師に対する行政処分の判断に事実上の影響を及ぼす可能性は否定できませんので、今後の動向に注意する必要があります。

「損害賠償責任」といわれる民事責任についての事例

法的には契約関係の有無により債務不履行責任と不法行為責任とに区別されますが、基本的にその内容は同様で「医療行為、検査によって被害を受けた患者、あるいはその家族に対して金銭的な賠償をする」ことを内容としています。

新聞報道等で「病院側に賠償命令」という見出しを目にすることがあります。これは、裁判所において民事責任を認める判断が示されたことを意味します。そして、近年、損害賠償額の増加傾向は顕著です。

平成13年1月15日、6歳の女の子が「じんましんの治療」目的のため診療所で受診した際、医師の「塩化カルシウム」静注の指示を誤解した准看護師が「塩化カリウム」を静注してしまった結果、高カリウム血症による心停止をきたし、いわゆる寝たきりの状態になってしまったという事例では、2億円を超える損害賠償が命じられました。民事裁判における損害賠償は「被害の回復」を目的としたもので、「加害者側への制裁」を目的とする刑事処分とは、その目的を異にしています。損害額の算定において、ミスの内容が軽率なものであったか否かという点は大きな要素とはなりません。この事例でも、初歩的ミスであったために高額な賠償となったのではありません。具体的には、

  1. 害者が将来どの程度の収入を得ることが見込まれるか
  2. 今後、どの程度の介護費用が見込まれるのか

といった点を中心に損害が算定されます。このように就労期間、平均余命までの年数に応じて賠償額が算定される結果、小児等の場合には高額な損害賠償となります。最近では1億円を超える損害賠償が認められることも珍しくはありません。また、この損害賠償額には、遅延損害金5%が加算されます。元金が1億円の場合を考えますと1年間に500万円の遅延損害金が発生することになります。そして、不法行為責任の場合には、不法行為時から、これが加算されますので判決が示されるまでの間に、極めて高額な遅延損害金が付加されるケースもあります。

そのため、多くの医療機関では損害賠償責任保険に加入しています。しかしながら、医療従事者個人に対して損害賠償請求がされることや、医療機関の加入している保険のみで全損害を填補することができない場合もあります。自動車運転の場合、自賠責保険に加入が義務づけられていますが、おそらく多くの方は、これに加えて任意保険に加入し、万が一の事故に備えています。

医療従事者として事故を起こさないよう注意するのは当然ですが、医療行為が身体への侵襲を伴うものである以上、常にリスクを内在しています。そのため、安心して責任ある仕事を遂行するためには、万が一の事故に備えての準備も必要となります。(日臨技では会員のリスクに備え、全会員に「臨床検査技師賠償責任保険」を付保しています

処罰の対象となる刑事責任についての事例

刑事責任とは、「犯罪者」として処罰されることを意味します。患者のためにと善意で行った医療行為であっても、過失により死亡・傷害の結果が発生した場合には、「業務上過失致死傷」罪に問われることになります。具体的には刑務所に服役(懲役・禁錮)することや、罰金等の処分が科されます。先ほどの塩化カリウム静注の事例では、医師・看護師に対して禁錮の実刑判決が下されています。医療事故に関して、実刑が科されることは極めて異例ですが、法律上は、このような処分をすることも可能となっています。もちろん、医療従事者に刑事処分を科すことの是非については様々な見解がありますが、現行法上は「医療従事者」を特別扱いすることはできません。医療を取り巻く社会環境に変化が見られれば、あるいは「法改正」という可能性もありますが、未だこのような情勢には至っていないのが現実です。

「罰金」と「損害賠償」の違い

ところで、刑事責任における「罰金」と、民事責任における「損害賠償」とを混同されている方もいるようですが、両者は全く異なります。罰金は、刑罰の一種であり、国家に対して、一定額を納付することを義務づけるものですので、罰金を支払っただけでは民事責任を免れることはできません。塩化カリウムの誤注射の事例では、刑事責任・民事責任の両方が問われていることからもご理解いただけるのではないかと思います。

臨床検査技師のための医療安全ガイドブック」((社)日本臨床衛生検査技師会)より一部抜粋。