pipette_vol14_winter_2017
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4た。オーストラリアでは、父が日本語を話せませんし、日本語を話す必要性がなかったのです。それに日本語は日本でしか使えない言語ですから……。―お母さまが日本語を教えてくださるということはなかったんですか。ありませんでした。ただ、たまに単語として話の中に出てきていましたから、ところどころはなんとなくわかっていました。でも、読み書きはまったくダメで、東京大学に入って一から始めました。ただ、何か日本の文化に惹かれるものがあったんです。ジブリ映画のようなアニメーションも好きでしたし、あるとき、三島由紀夫の本を読みました。―難しい本を読まれましたね(笑)。最初に読んだのが英語版の『金閣寺』で、すばらしい翻訳に魅了されてしまって……。イタリア語も勉強していたのですが、やっぱり日本に行ってみたいと思ったんです。こういう作品が生まれる日本人の美学って、どういうものだろうと思ったのがきっかけになりました。―日本語がとてもお上手ですが。いえいえ。日本語をある程度は理解していても、日本で生活するとなると、自分の意思なども伝えなければなりませんから、もうサバイバルです。そのような状況に置かれてから、必死で勉強し始めたという感じです。―語学って間違った学び方をすると大変ですよね。どういうことでしょうか。―ちょっと癖のある言葉を覚えたり。サラさんの周りにはいませんでしたか「ぼちぼちでんなあ」とか、「儲かってまっか」とか(笑)。「二度漬けはあかんで」とか(笑)。―そういう日本語を教えてもらって、ところ構わず使ったりしたら大変(笑)。でも、コミュニケーションを図るには、すごくいいことだと思います。オージー(オーストラリア人)の英語は、少し訛りがありますね。でも、サラさんにはないですね。そんなことはないです。やはりオーストラリア人だってすぐにわかりますよ。さきほどロビンさんとは思い切り強いアクセントで話しました。普段は、英語を話すのにも意識していますが、相手がオーストラリア人やニュージーランド人だと、いつもはそんなに強く訛りが出ないのに、仲間だよ!っていう感じでしゃべってしまいます(笑)。―メッセージを言葉の中に込めるんですね。そうですね。同じところから来ています、味方ですよ、っていう感じかな(笑)。―言語はとくに必要に迫られて勉強する、好きだから勉強するというのは大切ですね。人から言われるのではなく。結局は、自分で始めないとダメだと思います。―サラさんが日本語を学ばれたのと同じように、私たち臨床検査技師の仕事も、自分から学ばないと前に進めないのです。教えてくれる人がいたとしても、自分の意識を高いところに持っていないとダメです。私たちの後ろには患者さんがいますから。どんなことにも挑戦―5歳からヴァイオリンを習い、クラシッオージー訛りの英語で談笑する2人

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