Pipette Vol.16 Summer 2017
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6ないでしょう。向こう3年というのが、結局、その後20年間、特許料が入るようになっても続けられました。―後に「大村方式」といわれる共同研究方式を提案され、ティシュラー教授の口利きもあり、メルク社と微生物由来の天然化学物質を発見した場合の「特許」の実用に関する契約をすることになりました。経営学でいうWin―Win(どちらも得をする)の関係を、「大村方式」は具現化されていますね。思い出しますね。燃費の悪い中古の大型車で、文子の運転で企業を回りました。私が運転するときには「次を右」「次のインターを出る」と言って、道案内もやってくれました。当時は文子が私のナビゲーターでした。一番の思い出は、私がメルク社に行って交渉していたときのことです。帰国直前、真冬の12月頃でした。「ここで待っていて」と、寒くないように毛布を文子に被せてから社屋に入ったのです。しばらくすると、「東洋人らしいご婦人が、車の中で震えている」と、外が大騒ぎになっている。私はすぐに自分のことだとわかりました(笑)。あの当時の日本人の感覚では、嫁さんを仕事の話の場に連れていくというのは考えられませんでしたからね。ティシュラー先生が亡くなるまで、私はアメリカに行くと必ずコネティカットに寄って、先生にお目にかかっていました。先生が亡くなられた後で、奥様から形見としていただいた4本のネクタイは大事な講演のときには、それらを締めて行くようにしています。開発戦略を絞り込む―これも先生の炯けい眼がんと言えますし、経営学でいう「ブルーオーシャン」(競合相手のいない領域)という戦略ですね。いろいろ勉強してわかったことは、ヒト用の薬を動物薬に使うと、耐性菌が増えていって、今度は人の病気に効かなくなる。そこで、動物薬に絞り込んでいこうということにしたのです。1971年から73年あたりは、ストレプトマイシンに代表されるアミノグリコシド系の抗生物質や、ペニシリンに代表されるβ―ラクタム系の抗生物質がいろいろ出ていたのですが、みんながやっていることをしても仕方がない。絶対にそれはやらないと。だから、それに近いものが仮に見つかっても、断ち切って、もっとほかの領域を探そうと決めていました。マクロライド系については、私がすでにやっていて、「これは将来、おもしろくなる。何かが違う」という研究者としての勘があったように思います。だから、「マクロライドは、私のホビーだから続けるよ」と。不思議な縁があって、イベルメクチンは分類からするとマクロライド系なのです。これはすごいなと思いますよ。神が授けてくれたのですね。自然が答えを持っているメルク側に「北里で分離する菌は、メルクがやっているのとはまったく違う。非常に変化に富んでいる」という評価があり、研究室のメンバーには、とにかく新しい微生物を、なるべくいろいろな方法を導入して見つけて、ほかでやってない方法を取り入れて新しい物質を発見して分離していこう、と微生物研究が始まっていきました。研究を拡大するために、最初にメルクへ送った微生物50株の中に、エバーメクチンを生産する放線菌があったのです。静岡県川奈のゴルフ場近くの土中から採取されたというの帰国後、メルク社との共同研究開発のテーマをどうするかというときに、大学生時代のスキーの恩師・横山隆策氏の言葉、「何事にも人に勝つためには、人と同じことをしていてはだめだ。ライバルを上回ることを考えろ」を思い出して、大手製薬企業があまり手を付けていない動物薬の探索研究という提案をした。エバーメクチン生産菌(Streptomycin avermectinius)の電子顕微鏡写真

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