Pipette Vol.17 Autumn 2017
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3ないということです。―韮崎大村美術館では、韮崎市に先生が寄贈された「大村コレクション」がたくさん展示されていて、現在、リニューアル増築中です。ここの美術館は収蔵庫が狭すぎるので、収蔵庫を新しく作って、今の収蔵庫を私の記念室にしようと、韮崎市のみなさんが進めてくれています。そこに並べる作品は、私の自宅にある掛軸・書・古美術品などを多く展示して、美術作品を楽しんでもらえる部屋にしたいというコンセプトです。同時に、サイエンスの勉強になるような部屋にもしておきたい。ちなみに、ノーベル賞のメダル(レプリカ)も展示予定です。絵画をもっと身近なものに―江戸時代には大衆に広く定着した美術品として浮世絵があり、これはゴッホをはじめ西洋の画家に衝撃を与えました。一方、その後の日本では美術館の中だけ、または一部の愛好家のための芸術として、大衆性を失った側面もあるのではないかと思います。先生は「大村コレクション」を公開するだけでなく、北里研究所メディカルセンター病院(現・北里大学メディカルセンター病院、埼玉県北本市、以下「KMC病院」)を「絵のある病院」にされました。私が、絵が好きだからということもありますが、一方で、美術の効能といいますか、人に与える影響というものを私は信じているんです。病院にはあれだけ多くの人が来るわけです。市立病院であれば、市役所に行く人よりも多いぐらいです。そういうところに美術品も何もないというのでは、という発想ですね。ひたすら自分の番を待っている患者さんの多くは、その間、悪いほうへ悪いほうへと考えていくもので、そういう場に絵があれば、意識が絵のほうにも向きますから、その時間だけでも心豊かに過ごすことができるでしょう。自分で新病院を作ろうと決心したときに(※KMC病院建設経緯については後述)、病院としての機能はお医者さんたちに任せよう、そのかわり、私はこの病院に私らしい価値を追加しようと。それで、設計の段階から絵が飾れるようにしたのです。病院の広い面積に絵が掛かるようになれば、若い人の絵も知られるようになるわけで、美術をやる人たちの奨励にもつながると思っているんです。そういういろいろ効果を考えましたが、なんといっても一番の効果は、病院に来られるみなさんに、〝癒しの美術〟を提供してさしあげることができるということです。これはいまだに語り草になっていることですが、富士吉田に櫻井孝美さんという画家がいて、この方は私よりも若いですが親友で、よく会っては芸術論を闘わせています。彼の大作を、私が病院に入れさせていただいたんです。あるとき、ご婦人が事務室に訪ねてきて、「あそこにある絵の櫻井先生の連絡先を教えていただけませんか」と聞いたそうです。すぐに事務局員から私に連絡があり、「櫻井さんならいいですよ、教えてあげなさい」と言いました。たまたま横浜で個展をやっていたので、そのご婦人は訪ねていったそうです。どういうことかと言いますと、ご婦人は、感謝の意を表したいということだったのです。ご婦人は、生活苦で、この子を道連れにと落ち込んでいたときにあの「朝日」と題された絵を見て、これではいけないと思いとどまり、子どもを育てて自分もしっかり生きていこうと決意したことを、櫻井先生にぜひ伝えたかったらしいんです。もう一つは、脳腫瘍になった患者さんです。「人生の最期の時期に、病院で絵を見ながら過ごせているのは幸せだ」と言っていたというんです。このように、絵にはいろいろな効果があって、病院を訪れる多くの人たちがいろいろな形で絵を楽しんでくれていますね。―同じような絵の展示を始めた病院も耳にします。私が三十数年前に始めたときに「必ずこれは人が真似することになるだろう、これが北里精神だ」と言いました。人の真似ではなく、自分がやって見せて、それでよかったら、みなさんも「韮崎大村美術館」に隣接してそば処「上小路」と「白山温泉」がある。さらに大村先生ゆかりの1.8キロの「幸福の小径ウォーキングコース」があり、ゆっくりと1日過ごせる人気観光スポットになっている。正面に富士山や八ヶ岳、茅ケ岳などが見渡せる。春にはワニ塚のエドヒガン桜も色どりを添える。写真上から韮崎大村美術館上小路白山温泉「朝日」1994年 櫻井孝美作 ※表紙作品に同じ写真提供協力:学校法人北里研究所注:「朝日」は現在、神奈川県相模原市の北里大学病院で展示されています。

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