Pipette Vol.24 Summer 2019
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6ネット投句サイトにお便りが来て、胸を刺されるような思いがしました。「今日はどうしても句会ライブに来たくて、介護している両親を預かってもらって来ました」という方に、「よく来てくれたね。句会もあるよ」と言ったら、彼女がまっすぐな非難めいた視線で、「そうそう簡単に外に出られるものではないのです。介護というのはそういうものではない」と言われ、またまた、胸を突き刺されました。私がもやもやと抱えていたこの哀しみに対して、出版社のプロデューサーから思ってもみなかった視点での提案があり、これだ!と昨年11月に発行したのが『夏井いつきのおウチde俳句』という本なんです。─今年の松山市「いい、椿の日」記念イベントに参加させていただきましたが、その日の大賞も、認知症介護をされている句のようでした。忘れてしまふ母椿きれいきれいこのような一句に対し「私も同じです。あなたの気持ちがわかります」って言われたら、世界で一人で闘っているのではなくて、同志がこんなにいると思えて、それだけで励まされる。それが俳句の力だと私は思っています。事情があると外には言っていなくても、おウチで事情を抱えている人がたくさんいるのだなあというのが、俳句仲間と付き合っていての実感です。俳句の広場に集まろう 私が理想としているのは、「俳句(結社)のピラミッド」ではなくて、「俳句の広場」なんです。広場の真ん中に組長を名乗っている私が噴水のあるあたりにポツンと居て、私のほうに近寄ってくれば近寄ってくるほど、ハードな修業的なことになる(笑)。「いや、そこまで真剣にやらなくていい」「人生にうるおいができて、時々褒めてもらって、共感してもらえればいい」という人は、広場のそよ風が吹くあたりに居ればいい。─木陰でもいい。そう、隅っこの木陰でもいいんです。ちょっと上手になったから、少し噴水に近寄ってみようとか、近寄ったらブワーっと強風に吹かれて、やっぱりここがいいわとか(笑)。みんなが自由にポジショニングして、そこでいろんな人たちとつながって、そしてこの広場の中で披露されるすばらしい句に、広場の全員で拍手喝采、「いい句だねえ」って。でもそれがピラミッド型に成績として積み上がっていくというのはやりたくない。権威とかになることもやりたくない。すばらしい一句があれば、みなが惜しみなく拍手し、それを心の中に置きながら、自分もあんな句が作れたらいいと思う。俳句を作る目的は自分のためです。褒められたり、賞状や賞品や賞金をもらったり、どこかの本に出たりというのはグリコのおまけであって、おまけが欲しくてグリコを買うようになったら本末転倒です。称賛の言葉も「やったあ、グリコのおまけもらった」と受け止める。自分のために作りましょう、最期にかっこいい辞世の句が作れるくらいに腕を磨いて死にましょう、そんなに下手くそでは、まだまだ死ねないぞ(笑)と。先日の徳島での句会ライブ会場の多数決による第1位の句は、花衣百年人生どう生きる季語は、花見の頃に着ていく晴れ着である花はな衣ごろも。桜の下に堂々と立ってどう生きると問うなんて、すごい俳句だなあ、どんな俳句歴の方かと思ったら、前列でよっこらしょと杖をついて立ち上がった作者の女性が、「みなさん、百年生きる時代です。そういうつもりで生きていってください」と。聞けばお年は90何歳(笑)。「私にはあと数年生きることができますから」と。俳句歴をお聞きしたら、「今日、初めてです」(笑)。もう拍手喝采でしたね。句会ライブは台本のないドラマが毎回あるので、私自身やっていることは何一つ変わらないのですが、一期一会のお客さんとのやりとり、出てくる俳句、そして語られる人生に、みんながホ~とかヘ~とか共感するわけです。句会ライブにはリピーターも出てきます。ご主人や子ども、次に両親を連れてくるとか、私がまいた種をその方が身近な人にまいてくれる。俳句集団「いつき組」は入会資格も入会金もなくて、条件は身近な人に種をまくこと、それだけですから、勝手に名乗ってよいので、続々と組員も出てくるんです。『プレバト!!』出演の梅沢富美男さんなどは、偉『夏井いつきのおウチde俳句』(朝日出版社)リビングは視覚で、台所は味覚で、寝室は触覚で、玄関は聴覚で、風呂は嗅覚で、トイレは第六感で詠んでみよう。

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