Pipette vol.36 2022.7 Summer
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考からプラス思考に変えていかなければいけません。そのことが引き算の縁と足し算の縁という言葉として僕の中に定着しました。がんになりまして、それこそ引き算しかないわけです。当時「辞めアナ特需」というのがありまして、アナウンサーが辞めた直後は珍しいから他局から仕事があり、バラエティーなどいろいろなところから最初は声が掛かりますので、非常にたくさん仕事を頂いていました。講演会も半年先までしたことで全部キャンセルせざるを得ませんでした。本当は、通院治療をしながら仕事をしたかったのですが、私は予後の悪いタイプのがんだったので、大量の抗がん剤治療が必要で、入院治療をしなければなりませんでした。本当にがっくりしまして、「もう駄目だな、死ぬのかな」などと思っていました。でも、今、ここでなくなった仕事を数えていたら駄目なのです。これでは自分が励ましていた被災者の皆さんに笑われてしまいます。どこかで今この状況だからこそ取り組めることや結べる縁を自分のものにしていかなければいけないと思いました。簡単に言いますと、がんになったからこうなれたという人生にしていかなければいけないのだということです。そこを考えるようになりまして、ある種、自分を支える大きな精神的支柱になったのがその引き算の縁と足し算の縁という言葉なのですよね。自分の体験から生まれた言葉です。また、がんになって何が起きたかといいましたら、これほど友達が増えると思いませんでした。いわゆる「がん友」というもの、あるいは、がんの活動をしている先生方など、いろいろな活動を始めることによってネットワークが広がっていくのです。年齢的にも新しい友達などはなかなかできないと思っていましたが、全然関係なかった人たちとがんになったことで一気に輪が広がりました。ですから、「がんになって良かった」と言う人がいるわけですが、そこは非常に難しくて…。みんな、がんになって心の底から良かったなどとは思っていないのですよね。しかし、がんになったからこそ結ばれた縁などによって自分の人生のポイントが切り替わって違うステージに上がっていきます。そういう最悪のときに取り込んでいこうという力、接続力とも言いますが、その接続力を強くしていかないと全てのチャンスは失われていきます。そこが引き算の縁と足し算の縁なのですよね。―それを引き寄せるには自分でプラスを拾うという気持ちが大切ということですよね。そうです。そこなのですよ。黙っていてもやって来ませんし、黙っていたら良くないことしか起きないのはただでさえ良くない状況なのです。自分がどん底にいるから、もう終わりということです。確かにがんにもなってステージ4と聞きましたら人生は終わったと僕も思いましたよ。でも、実は―笠井さんがよく述べられている「引き算の縁と足し算の縁」という考え方に大変感銘を受けました。このように考えるようになったきっかけを教えていただけますか?東日本大震災での取材体験は自分の人生にとってとても大きくて、2日目から大体1カ月ぐらい現地での取材がありまして、毎日『とくダネ!』に中継を入れていたのですけど、犠牲者が死者と行方不明者を合わせ2万人ですから、とにかくインタビューする方皆が「あの人が死んでしまった」「あの人がいなくなった」「行方不明だ」と失われた縁を引き算のようにして指折り数えながら泣いて教えてくれたわけですよね。でも、2週間ぐらいしますと「新しい友達が避難所でできた」あるいは「ボランティアの人と知り合いになれた」「病院の先生や看護師さんと友達になった」、そして「津波が来たから笠井さんに会えた」という人まで出てくるようになりました。どん底に落ちているときにマイナス思考だけではなくて、今、この最悪の状況で出会った人や出会ったこと、出会ったものを取り込んでその縁を大切にして結んでいくことによって自分の力付けにして前に進むということや、人間としての強さを僕は被災者の皆さんに教わったのですよね。ですから、どこでスイッチを切り替えるかということです。確かに悲しみもありますし、つらいことも多いのですけれども、どこかでスイッチを切り替えてマイナス思「引き算の縁と足し算の縁」という考え方        540件ぐらい入っていましたが、がんに罹患

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